2022年12月26日

70年目の告白 〜毒とペン〜 高階良子 秋田書店




実は作者について知りません。びっくりするくらいのベテランですから。タイトルの通りのキャリアのベテランです。
大御所漫画家の生い立ちからのまんが道。全3巻。
タイトルにある「毒」は毒親のことですね。
彼女の人生に立ちはだかり続けていた母親との軋轢を描いた70年のまんが道。
これがすさまじかった。
知ったのはTwitterだったのです。圧巻とフォローしていた漫画家の方々が書いていたので、ちょうどセール日と重なっていたので「ふーん」と軽い気持ちで買い、軽い気持ちで読みはじめたがこれが凄まじかった。すっかりやられてしまった。

オープニングは母の死。そして戦時中の空襲により母が自分を生むところにタイムスリップして出産前の母親描写から物語を今の作者が見守るところからはじまる。
家を伯母にとられバラック小屋に子供4人と暮らす。父親は仕事が忙しくてめったに家に帰らない。そこでいて母親にあからさまにいびられる日々。

マンガという生きがいをみつけても馬鹿にされたり書き溜めたノートを捨てられたり、「マジか」ってエピソードがつづく。
それでいて中学卒業とともに就職。住み込みの職場で仕事の合間に布団にちゃぶ台を置いてマンガを描くというエクストリームまんが道。

そして作者は漫画家として成功するんですよ。そうなると母親が寄生しはじめるというネバーエンディング毒沼。
アシスタントの前で主人公をdisり自分がえらいことをアピールするとかいびるのが止まらないまま、ついには精神を病んだりする。

毒親ってのがよくわからないのは、結局のところ親を捨てきれてなくていつか自分をかわいがってもらえるっていくつになっても思ってるから、絶望に絶望を重ねても暗闇の中に一筋の光を見出すって構造なんかなあと。作者も「今の」作者視点から分析されてるけど。

基本というか最初から最後までラスボスとして母親は立ちはだかっているのだけど、終戦から昭和平成という時代にはなんていうか別の敵も多いんだよね。
中学のときの牛乳のエピソードがとくに強烈だった。
クラスの牛乳が足りないっていったとき牛乳嫌いの同級生が手をあげて「私のをあげます」という。それをみていた担任が、作者に「あなたは生活保護でタダで給食を食べてるんだからこういうときはすすんで差し出せ」なんていうのよ。
で、それがショックで「自分は牛乳が飲めない」という自己暗示をかける。
なんかこういう強烈なエピソードが多いんだよな。
結局、母親が財産を管理するって名目で作者の稼ぎの大半を貯金してたものの、それは晩年にボケた母親のケアホームのためになくなるとか。

いやハードすぎね?と絶句する。

昔から大好きだったって理由でフォローした漫画家もときおり毒親の話をツイートするのを読んで衝撃を受けていた。
こういうのやっぱりあるんだなあ。

こういう「まんが道」もあるんだなと。凄まじかったです。
posted by すけきょう at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月20日

ようきなやつら 岡田索雲 双葉社


このマンガがすごい2023の18位。
各コメントを読んで気になったのが1位とこれでした。

短編集。webアクションで読み切り連作として発表されていたものに電子書籍として別に発売されていたものに描き下ろしを加えてグググググと完成度を増して1冊にまとめたようです。

妖怪系を主人公としての読み切りが最後のほうで集結といった具合。

かまいたちの子供がほしいただのいたちがかまいたちの奥さんとセックスをしてばかりいる「東京鎌鼬」と、他人の心が読めるゆえにクラスから孤立しているサトリが先生の尽力で心を開く「忍耐サトリくん」は、ギャグテイストが強くて(声出して笑ったよ)、そういう路線なのかと思ったら、「川血」からテイストが変わり「峯落」から”思想”が入っていき、関東大震災の日本人による東京での朝鮮人虐待を描いた圧巻の「追燈」。そして描き下ろしでグググとまとまるという段取りになっております。

読み応えがあり、それぞれテイストががらりとちがうのにきっちり引き込まれる。

このマンガがすごい経由だったのでタイトルでひいて買ったから読み終わるまで気が付かなかったけど「メイコの遊び場」のひとだったのね。これは全3巻読んでいたのにな。
そう気づくとあらためて似たところも多いのですが、タッチがちがうので気が付きませんでした。各話ごとにガラリと話がちがうし絵のタッチもちがう(でも、統一したものもある)ので気が付きませんでした。

読み応えのある完成度の高い1冊になっております。なるほどこの年を代表する短編集になっておるなと。





1970年代が舞台。いつも眼帯をしているメイコ。いつもひとりだったメイコ。そして「仕事」をしているメイコ。
あるとき地元の同年代の少年少女に誘われていっしょに遊ぶようになる。
彼女が眼帯をとった目に見つめられると「彼女の世界」に引きずり込まれ彼女の遊び場のおもちゃになる。そうされると「壊れる」。
ということで、前半は友達といろいろな遊びをやって、後半はその遊びでひと(ほぼヤクザ)を壊すという段取り。
ラストがいいんだよな。とってもいい。いまもどこかにアラフォーくらいのメイコがいるのかしらねえ。
posted by すけきょう at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月19日

光が死んだ夏 モクモクれん KADOKAWA



このマンガがすごい2023のオトコ編1位です。
ここ10年はもうジャンプ無双といえるような状態ですよね。1位は意外にそうでもないと思いますが。今回もベスト10には6作品が集英社ジャンプ系です。おそろしや。
その中にあって1位で非集英社でデビュー連載作です(もっともデビュー連載が1位も多い気はする)。
なにより、書店で「目立つ表紙だな」と記憶して、なおかつ最初の10ページくらいの立ち読み用小冊子をパラパラと読んではいた。
それが1位になるので「あ、あれかあ」と読もうと思ったのでした。

既刊は2巻。

中学生。主人公よしきの親友の光は死んだはずなのに気がついたらそこにいる。それを指摘するとなにかが現れる。そして黙ってくれないと殺すことになると泣きながら懇願される。くわえて親友がいないことに耐えられないのでよしきは受け入れる。
ところがさまざまな怪異がおこりはじめる。

光の中身がちがう。くわえてそれ起因でいろいろと不気味なことが起こってるということ以外はのどかで穏やかでおバカな日々。

全体的にホラータッチのホラー漫画ということがいえますが、あまり人は死んだりしないし大きなことは起こらない。ただ、ずっと不穏な感じはある。でも、それはよくいうお笑いでの「言い方やん」的に「描き方やん」って。
だから、よしきと少しのひと以外にはその変化は伝わってなくて、光は相変わらずバカでひょうきんで人懐っこくてちょっとイケメンの「いいヤツ」で、よしきのことが大好きということになってる。

だが、よしきの動揺が全くおさまらないまま、話はいや〜な方向には動いていく。

光のほうのモノローグもけっこうあるのよね。こういうのセオリーとしては、ジンガイに変わった光は謎の存在としたほうがいろいろと話しが早いんだけど、光は自分がジンガイでありつつも思考パターンは生前の光としている。ただまあ光は自身がジンガイであることでの思考や記憶も同時にあって、そっちのほうはあんまりよくわからないようになってるかな。
そしてよしきのほうもモノローグはある。最近はこういうのがよくあるよな。
ラブコメなんてのはセオリーとしてどっちかの内面はみせすぎないほうが話が盛り上がるんだけどな。
本書もわかると思いますが、よしきと光のBLっぽさはある。たぶん、人気の秘密はそこかなと思いますよ。

作画では手の描画が印象に残りますね。痩せたオトコの筋張った、でも若いからみずみずしい手。2巻に光の手をとり指でなぞるシーンのなんともエロティックなことよ。
ホラー要素として活字で表現している虫の声の音。これが夏感と恐怖感を非常に煽っててタイトル回収感あるか。

いいクリフハンガーで3巻につづくし楽しみではあります
posted by すけきょう at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月15日

2023 このマンガがすごいに推した5本のマンガのリンク

●1位 作品名:(このマンガがすごい内での順位18位)

鍋に弾丸を受けながら 青木 潤太朗/森山 慎 KADOKAWA: ポトチャリコミック

●2位 作品名:(このマンガがすごい内での順位 圏外)

「絶滅動物物語 」 うすくらふみ 今泉忠明 (小学館): ポトチャリコミック

●3位 作品名:(このマンガがすごい内での順位20位)

完結 ゴールデンカムイ 31 野田 サトル 集英社: ポトチャリコミック

●4位 作品名:(このマンガがすごい内での順位23位)

「たま」という船に乗っていた 石川浩司/原田高夕己 双葉社: ポトチャリコミック

●5位 作品名:(このマンガがすごい内での順位9位)

緑の歌 - 収集群風 - 上 下 高 妍 KADOKAWA: ポトチャリコミック

本書に書いた文章と同じことはそれぞれに書いてますので参照のほど。

※その他、新連載の未単行本化作品、海外作品、web掲載作品、選考対象期間以前の完結作品、マンガ関係本(ファンブックや研究書ほか)など、特記してお勧めしたい作品がございましたら、ご自由にお書きください。 

これも掲載されたので

ROCA いしいひさいち (笑)いしい商店: ポトチャリコミック


ということでした。今年も良いお年を。(まだ今年中にいくつかのマンガ感想文は書くかもしれませんが)

余談。
「このマンガがすごい」は対象期間が前年の10月1日から今年の9月30日までになっております。
その期間に連載されているかコミックが発売されたものが対象になります。
コミック派のひとは10月以降に発売されると対象外になるという弱点があります。雑誌やWEBで対象期間中に掲載されたものは取り上げてもいいんですけどね。雑誌で読まなくなって久しいのでコミックという形にならないと可視化できない。
だから、コミック派のためになるべく1巻を9月にねじこめるならそうしていただけるといいなと編集各位にお願いしたいのです。


posted by すけきょう at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月14日

ふみちゃんの楽園 さとまる まみ (ふゅーじょんぷろだくと)

ふみちゃんの楽園【コミックス版】(1)【電子書籍】[ さとまる まみ ] - 楽天Kobo電子書籍ストア
ふみちゃんの楽園【コミックス版】(1)【電子書籍】[ さとまる まみ ] - 楽天Kobo電子書籍ストア
このマンガがすごい!に毎年ベスト5を書かせてもらうようになって5年ほど経つ。
ベスト5は前の年の10月からその年の9月末日まで発売された本が対象。
だいたいいつも送ったあと、「あ、これ惜しい」と思っていたのと出会うんだよね。本作もそのひとつ。

書けなくなって田舎の家に引きこもるような生活を送っている。彼氏が身の回りの世話をやっており、ふみちゃんは彼の作る料理や田舎の自然を満喫してはセックスをする。そう、セックスマンガなんですよウフフ。

理解ある彼とスローライフと自然とセックス。ふみちゃんは食べたいときに食べ、寝たいときに寝て、したいときにそれが昼でも野外でもセックスしたり自分の欲望を叶えているのです。彼は甲斐甲斐しく料理したり家事したり近所の人とコミュとったり。田舎の面倒なところ彼は楽しんで請け負ってくれてます。今年の流行語大賞にノミネートされてもおかしくない「理解ある彼くん」ですね。そりゃ楽園だわ。

本作を知ったのがTwitterのTLで今年1番の衝撃を受けたなんてあって「ほぉ」と思いながら手に取った次第。
表紙や内容を想像するにエロマンガじゃないのかな?と思いつつ読むとエロマンガではあるわけよ。
そんでもってそのアカの前後を読む限りそのツイートは女性っぽいのよね。そこにおれも衝撃を受けたのです。

なぜか?このエロマンガがおれにも「ちゃんと」エロいからです。

で、先程のTwitterの方が衝撃を受けたということは、もしかして男女ともにエロいエロマンガってこと?と思って。

ふみちゃんは奔放にいつでもどこでも彼氏をセックスに誘うし、彼氏もちゃんとつきあいますし、そのシーンもなんていうかちゃんと描いてます。女性エロマンガ特有のっていえるほどはみてないが、省略されていそうないろいろなシーンをちゃんと描いてるなあと。まあ、もしかして今の基準だと当たり前なのかもしれませんが。
それでいてこっちは今の基準のも多少は読んでいるから断言はできるのですが男性向けのエロマンガにもひけをとらないんですよね。まあ、シンプルに3文字で「抜ける」。

田舎でのセックスライフということで野外でいたす話が多いです。

ひきこもりぎみで人間嫌いぎみ(実際ふたり以外の登場人物は少ない)のふみちゃんが、村祭りがあるから行こうと彼氏に誘われたのに行かないと駄々をこねます。
で、彼はふみちゃんを浴衣に着替えさせて村祭りを見下ろす高台でレジャーシートを敷いて花火をみるのです(ここで食べるのがサンドイッチってのがいいよな)。
で、花火の下でセックスをする。
と、こういう感じです。

男女ともにエロく感じるってのが興味深くてさ。
男にはやや物足りないってひとがいそう。同じふたりだしセックスにすごくバリエーションがあるわけでもなく、ごくごくノーマルにセックスしてますからね。ふみちゃんが巨乳のバインバインってこともないし。
女にはたぶんえげつないシーンではあるけど下品ではないってのがあるのかもしれないな。
たとえば、射精シーン。たいてい中に出しててそれは「ビクンビクン」で表現してます。
そういう随所にある「汚い(と思われそうなところ)」描写を排除したり、はじまる前は必ず見つめあってチューしてからはじまるし、終わりもチューだし、やさしく声をかけるとか。なんか勉強になります。

エロ描写ばかりじゃなくて自然描写や料理描写もいいんだなこれが。

で、話が展開あるでなし、うまいもの、気持ちいいもの、心安らぐものであふれてます。まさにタイトル通り。他になにがいる?と思った。だから、2巻もあんまり余計なほうに展開しないでほしいなとは思いましたよ。

あと女の人は本作は抜けるのかどうかちょっと知りたいのでこっそり教えてください。


ふみちゃんの楽園【コミックス版】(1) (Bebe) - さとまる まみ
ふみちゃんの楽園【コミックス版】(1) (Bebe) - さとまる まみ
posted by すけきょう at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月13日

「たま」という船に乗っていた 石川浩司/原田高夕己 双葉社


たまという一世を風靡したバンドの自伝を、「たまのランニング(松本人志命名)」でおなじみの石川浩司氏が書いたものをコミカライズ。

藤子不二雄A氏のタッチをベースにあちこちのパロディを盛り込みながら、1981年から物語はスタートする。昭和56年。びっくりするくらい昔に感じる。おれももう生きてる年代だし、そこに暮らしてたんだけど。
貧乏な学生(から無職)が音楽活動をベースにだらだらと集まったりのほほんとおもしろおかしくやってるさまを描いてます。
まあ、実際のところ「お兄さん」たちではあるけどかなり個人的には離れてる生活に感じた。どくだみ荘やら男おいどんやらの世界。
貧乏バンドとして楽しくやってる自由な日々。でも、たまとしてもずんずん頭角をあらわしていく。

本作はそのまま全国区になるイカ天に出るところまで描いてます(まだつづきます)。

そのイカ天出演シーンに衝撃を受けた。

(45) たま イカ天初出演 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=k9zjWv43bdA



こういうのいつまでも残っているわけじゃないんですが、このたまのテレビ初出演のシーン。これの「完コピ」が本作のクライマックスに用意してあるんだよ。これが衝撃で衝撃で。

これを見てからでもいいし、マンガを読んでからでもいいからみてほしい。すごいから。マンガの可能性を感じるから。

前記の通り、基本藤子不二雄Aタッチのマンガマンガしたものなのにリアルさと迫力と臨場感がすごいんだよ。思わず動画とマンガと10回くらい見比べちゃったよ。

マンガで音楽を描写する。いまアニメで「ぼっち・ざ・ろっく」などが流行ってていつつもマンガで音楽を描画するってのは問題なんだよな。
本作はそれに大きな風穴が開いた気がしたんだよ。
今年大きな衝撃を受けたよ。

音楽が聞こえたし、動画をみたらマンガにみえたよ。この感覚をみんなわかってほしいわ。

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posted by すけきょう at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月12日

ソアラと魔物の家 山地 ひでのり 小学館




既刊2巻。
魔法と剣の世界。孤児だった少女は魔物と戦うために軍に拾われ鍛えられ強くなり、いよいよ初陣におもむくというタイミングで魔王軍が休戦を申し込んでくる。少女はお暇を出される。急に自由になってもやることがない少女、ソアラさんは放浪の旅に出る。そこでドワーフ3人組と出会う。彼らは魔界建築士だった。ソアラさんも巻き込まれ、魔物たちのために家を作るという、劇的ビフォーアフターな話。

ゴブリンの家を作り、スライムの家を作りってやる。魔物も家があることで心が穏やかになるという。

そして2巻で物語が進行していくのよね。これがまたいい感じのストーリー。
ネタバラシしていいんだろうか。微妙なところですが、2巻冒頭で魔王軍の魔王の家にいくわけです。そこからこの物語のミッションがみえてくるという。ずっといろいろなモンスターの家をまわるビフォーアフターな1話読み切り展開かと思ってたんで、やや胸熱な展開に意表をつかれました。

見開きで家の断面図で細かい注釈を読むのはもう少年の心に戻りまくりで楽しいし、そういう絵がドーンと出てくることは鬼のように描き込まれてるってことだしな。実際、見惚れるくらいすごいです。鳥山明風ということもいえるかもしれませんが。

個人的には電書で買ったのですが紙の本で欲しかったと思うくらい。紙の上に印刷された絵をみたかったと思うくらい美麗で精緻な書き込み。

小学生男子に読んでほしいマンガ1位だよ。
posted by すけきょう at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月11日

恋とゲバルト 細野不二彦 講談社


前作「バディドッグ」は実際細野不二彦のキャリアの頂点にあると思っていたしぜひとも最終巻もここで取り上げたかったのになかなか無念なことになったのが2022年の後悔のひとつです。

そのバディドッグの感想文で細野不二彦氏には異世界ものを描いてもらいたいなあとそのことも書いていたんですけど。その理由も。

と思ってたら本作です。本作は異世界ものではありませんが、限りなくIFの世界の物語です。

舞台は昭和。学生運動がはなやかなころ。左翼の学生に対する用心棒として主人公は雇われる。そして学生が暴れた時には猿面をつけて現れ木刀で学生を蹴散らす。
ところが、左翼学生のほうも用心棒を雇う。ヌンチャクを振り回す赤いヘルメットの学生。
それとは別に主人公は殺伐とした学校の裏庭に温室で花を育てていた清楚な女性と出会い一目惚れ。これが実は上記のヌンチャク使い。

そして主人公は、一方では敵、一方では恋焦がれるひとと出会い運命の歯車が回りはじめる。まあそういう段取りになってます。

1巻のAmazonでのレビューで学生運動の流れが史実とちがうってお怒りの方がいらしました。
学生運動の時系列かディティールがちがうのかわかりませんが、その不満をとうとうと挙げておられました。
だから、本作はIFの世界の物語なんだよと思ったのですよ。架空戦記とか。

この舞台のこの時期のこの話ということはとても重要かと思われますけど、それはエンタメを上回るほどのことはないんですよ。
この舞台のこの時期のこの話といえば、山本直樹氏の「レッド」というモデルになった当人が「まんま」とおっしゃってたものがありますが、それと比較してどっちが優れているかとかは当時流行の言葉でいうところのナンセンスってやつですよ。

1巻に「これはこういうマンガです」という宣言代わりのメッセージが多数盛り込まれてます。

まず「昭和」があります。学生運動の歴史以外にも昭和文化が爆発してます。そしてそれらがストーリーにからみついていきます。
マンガが出てきます。やけにリアルな東京の風景が現れます。そこに当時生きていなきゃわからないディティールも描かれてます。食堂の吸い殻がいっぱいではみ出てる灰皿とか阿片窟みたいなジャズ喫茶、などなど盛り込みまくり。そこに当時の炭鉱の様子とかキーとなる話も盛り込んでいく博覧強記の無駄遣いな作風はいつも通りなんですけど、本作、明らかに作者ノリノリのところがあります。
でも、それは今はないということではたまたままだ生きているひとがいくらかいる「時代劇」なんですよ。

あと、本作、ヒロインの友達がシェークスピア研究会に入っててオフィーリアやらハムレットを演じるし、いろいろと本編にも関わってくるのよね。
そうだよ、このドラマの主人公とヒロインの間柄って「ロミオとジュリエット」じゃないか。
1巻での図書室の出会いなんてとても美してロマンティックですよ。これはなにかネタもとがあるんでしょうか。おれははじめてみた演出ですね。

もうひとつ。上記のとも関連はあるけど、他になんていうか隠しネタが大量にばら撒かれていると思ったんですよ。
これまた1巻にあったんですが、物語のキーとなる左翼を率いている優男が音楽室でピアノを弾いている。
「この曲なんですか?」「サティスファクションさ」ってシーン。そのあとローリングストーンズの同曲がこのころ発売されたけどあまり人気がでなかったって記述があるけど、それよりも、おれは手塚治虫氏の「火の鳥」を連想したんだよな。未来のほうの物語で音楽室で電子エレクトーンを駆使してサティスファクションを演奏しているシーンで同じやり取りがあった。
なるほど、そういう遊びが随所にあるんかなと思ったりした。
主人公が所属している学生寮の仲間はバイトくんとかどくだみ荘に出てきたモテないやつらだしな。
たぶん、これまでもあったんだろう、こういう作者がほくそ笑んでるような小ネタもいつもにまして多いような気がする。

それでいてこれらの要素がすべて物語の邪魔をいっさいしていない。

なにもわからない読者にとっても、運命に翻弄されるふたりと昭和学生運動時代の大学を舞台とした血湧き肉躍るアクションマンガとしても十二分に堪能できるようになっている。エンタメっすよ。エンタメ。細野不二彦氏はいつだって純度の高い娯楽を提供しようとされている。おれは本当に尊敬してます。

ただ、細野氏の弱点というか、細野氏が「現代」を描こうとするとどうにもズレが生じるんだよね。そこが歯がゆい。前作の「バディドッグ」だと主人公の女子高生の娘が稀勢の里のファンからくる大相撲ファンとか。いや、そういうひといるかもしれんけどさ、なんかちがわね?って。この感覚はかなり大昔からあるので、細野氏の作風芸風とは思ってわかってるけど、なんかファンゆえにそこのところに「一見さん読者にダサって思われないか」とか無意味に気をもむのよね。
だから、細野氏の時代物は時事ネタがないから安心して読むことができるんだよな。失礼な話でもうしわけないのですが。
同じ理由で上記の異世界モノもいいのかなと思ったのですよ。でも、昭和を描くのが1番無駄がないよなと。

本作のアクションや主人公美智子さん(すごくかわいい)他の筆がノリにノっておられ、細野不二彦氏はキャリアの何回めの頂点におられるのかわからんくらい充実した読み応え満点の内容。極上の純エンタメが堪能できる。
話はいよいよと佳境に入ろうとしているのだけど、今のところ5巻で一部完になっているのが悩ましい。早く続きが読みたい。





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2022年12月10日

令和のダラさん 1 ともつか治臣 (KADOKAWA)


田舎が舞台。山の奥の立入禁止地帯。怪しげな祠がある。そこには山の守り神として妖怪が奉ってある。
そこに美少女弟と美少年姉が入り込んで遭ってしまう。それがダラさん。
腕が何本もあって裸で下半身が蛇の女の妖怪。
そいでおどろおどろしいのかと思いきや、日常ギャグ。いや、おどろおどろしさもあるが日常ギャグ。この姉弟の肝が座ってて、ダラさんも律儀に受け答えするうちにギャグのテイストになっていくという。
そういうことでもわかるようにみんないいキャラなんだよね。愛すべきひと(ま、ひとり妖怪だが)ばかり。
後ほど出てくる、26歳独身で弟(11歳)を狙ってる在宅勤務のこじらせ女性や、弟とのオタク仲間であり教師でありながらもコスプレ用の服を作るのが趣味ってひとがダラさんの服を作りまくったり。
と、今のところはダラさんの陰惨な過去編と令和のいまののほほんとしたライフって感じで展開してます。
ダラさんは姉弟の影響でコーラが大好きだったりカップヌードルを温かいお供物はレアって喜んだり、山で拾ったケータイで姉弟と連絡をとれるようにしたり。

絵は極上。シリアス画もデフォルメも背景もその他も含めて最高最高。デフォルメ画の姉弟の口元がとくにかわいい。

いや楽しい楽しい。2巻も楽しみじゃ。

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2022年12月09日

運命の巻戻士 木村風太 (小学館)




コロコロコミック連載のハードSF。既刊2巻。
主人公は時空警察特殊機動隊。
不慮の事故や事件で亡くなった人を時間を巻き戻して救う超精鋭部隊。通称“巻戻士”。

つまりはリプレイもの。同じ事件のシチュエーションを何度も何度も繰り返すことによって少しづつ改善していき、救助したらミッションクリアという。

1話では銃をもったコンビニ強盗に1発当てさせては次に弾道を避けてってのを繰り返して全弾撃ち尽くしたところで逮捕確保って作戦をとりますが、途中でやめます。なぜか?

2話は無人島の流れ着いた少女。2日目に病死するのでそれまでに200km離れた島まで移動しなければならない。この鮮やかでいて「コロコロ」で美しい解決策。

毎話完結ということではなく3話からは主人公が巻戻士になったわけであるCASE999というミッションになり、さらに2巻がすさまじかった。
3話からのつづきから、アクションギャグ描き込みの密度も仕掛けも超大きい空港ミッションがはじまります。古今東西のハイジャックものを見尽くしてもなお鮮烈な感動がある新機軸。

コロコロでいながらハードなところはハードだしグロなところはグロなところもすごい。そこがハードSFの由来っすよ。いやちがう。
SFとしてもシンプルでいながらよくできたリプレイの設定です。

書き込みもすごい。空港で飛行機でミッションですよ? どんだけの描き込みになるか想像はつくでしょ?それをやってのけてます。すごい。

しかも、コロコロっぽく熱血少年なんですよね。
ぷにるもいいけど本作もいいですよ!
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2022年12月08日

タイのひとびと 小林 眞理子 ワニブックス


タイの旅行記。タイの美味しいものやタイのひとに親切にされたこととか。
おれ最初ベテラン漫画家さんだと思ってたんだよね。小池真理子だわな。ちがうわ。しかもそれ小説家だな。

さっぱりした本人の似顔絵とタイのひとびとの絵、そして精緻な背景画。なんかツールと使っておられるのかしら。写真を線画にするやつとか。マンガはどうもiPadで描かれてるようですし(マンガ内に現地の外で描くシーンがいくつかある)。

エピソードからして頻繁にタイに訪れてらっしゃるようですごくベテランだけど言葉が難しく、食事の時とか試行錯誤なところがおもしろい。
レストランでメニューの1番上ならたいていメジャーなものだろうからって一か八かで注文したらペプシが出てくるとか、食い合わせが悪かったのか駅で吐いたらビビるくらい丁寧に介抱してもらったりとか。

タイは基本親日のようだし、なんとなれば少し憧れがあるみたいで基本的にモテるみたいですね。1回目にきたら「日本人?」と聞かれてそうだと答えたら2回目にきたときにカタコトで「いらっしゃいませ」っていってもらえたりしてな。ええのお。

本作を知ったのが、ネットでバズった綾波レイみたいなツンデレ少女がいるレストランにいった話だったけど、なぜかそれが収録されてなかったんだよな。いまでもネットで読むことができたんでそれはそれでいいんだけど、おれみたいにその記事きっかけで本をよんでみようってひとは、気に入った曲がアルバムに入ってるだろと買ったらシングルにしか収録されていない曲だってわかる程度のショックはないでしょうかね?まあ、それに匹敵する可愛いタイの方々がたくさん登場しますけどね。
https://hint-pot.jp/archives/150395/2/


余談。
タイの方々って雪にすごく憧れを持ってるそうです。おれみたいにガッツリ雪国在住はいったらモテるのだろうか。そういや、仕事場にいるベトナム人は冬になんだかすごいの着てるよ。むこうの国じゃ着れないようなモコモコのダウンとか。
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2022年12月07日

ウィッチウォッチ 篠原 健太 集英社


最新刊は8巻です。ちょっと遅いのですが、7巻で主要キャラが出揃って本格スタートという形になったのでまあいいんじゃないかと思います。
そして8巻までずっとべらぼうにおもしろいです。
「スケットダンス」「彼方のアストラ」という2作品とも名作でありつつアニメ化も決めている作者による最新作です。

魔女のニコを護衛するために鬼の男がニコと同棲する。その後、入居者が増えていき、天狗に、狼男に、吸血鬼って具合に6巻で4人。ということで5人で同居しております。これが固定メンバーというところか。
ニコは1000年に1度の特別な能力を持つ魔女で彼女が襲われるという予言がありましたので4人でなにか災厄からニコを守ろうと。だから、タイトルに帰結するわけです。

「彼方のアストラ」から知って「スケットダンス」を読んだのでにわかなんですが、「スケットダンス」にはいろいろと驚かされました。これって「こち亀」じゃんって。
その細かいキャラ設定、変幻自在の引き出し。ギャグと油断したらドシリアスな展開。アクションも豊富。と、なるほど、彼方のアストラの幕の内弁当かっていうくらいの詰め込み具合、サービス精神は、作者の芸風なんだなと感心しました。

本作はスケットダンス路線でありつつも、ニコの魔法が織りなすドタバタがさらに盛り込まれていて、スケットダンスではわりと封印気味であった、時事ネタやジャンプのパロディなどさらにもりだくさんな内容になっており、毎話今度はどうなる?と思ったりしてました。

ユーチューバーネタやヴィンテージジーンズ、デスゲーム、おじさん構文、同人誌即売会、現在のヤングがどう思うのかは実際のところ知らないですが、現在のヤングも楽しめるコンテンツが盛りだくさんの、「雑誌」のタイミングで読んで、「ああ今週もおもしろかった」と思うマンガですよね。そういう意味でも王道。時事ネタの意味がある、ジャンプ他キャラの内輪ネタの意味がある王道。でも、コミックで読んでもちゃんとおもしろい。そうところは優れている。熟練の味わい。








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2022年12月06日

異世界ありがとう 荒井小豆 ジアナズ (小学館)




異世界ものです。既刊は2巻。

おっさん2人が同窓会で出会ったけど2次会で死にました。そして美少女エルフと愛嬌のある小動物的なかわいさのある少女として転生しました。
そしてもう働かなくていいんだから異世界を満喫たろう!冒険したろう!って感じ。

本作は、メタネタや現実ネタがあり、なんだかあやふやな異世界。どこまで動物的な野蛮な住人。かと思えば、みょうに整った街の人々やギルドのシステム、神様の存在など、異世界ネタを知ってる人ならすっと入れますが、なれてないとやや敷居が高いかしらね。でも、ふたりのやりとり等、基本はコメディ要素の強いかけ合いで進行していきますね。
1巻前半はふたりでモンスターとはいえないくらいの動物をやっつけたり、異世界のお約束であるステータスをみようとしたり、魔法を発動させようとして、とても楽しいけど、そこからひとに会うんですよ。で、2巻では街にもいきます。そこから1巻前半部とはだいぶ毛色が変わってきます。

2巻ピンチに落ちて助けられます。そしていっしょにパーティーに行かないかと先輩異世界転生者に誘われます。そのかわりやるけどねって。

そこらへんからかなりノリがちがってるなあと。つまらなくなったってのではないけど、おもしろさの質が変わってきたかなと。あといろいろあってウジウジ展開になるのよね。あとは細かい設定なんかも。それもどうやら2巻で終わったみたいなんで3巻からはまた毛色が変わりそうな予感なのよね。

異世界ありがとう=水曜どうでしょう

って感じなのかしら。ノリが近いってところもあるよな。

ぶっちゃけ、センス一発なところがあるから合う合わないが強めではありますが、さいわいおれは合います。3巻も楽しみ。
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2022年12月05日

友達以上恋人未満  yatoyato (集英社)






ジャンプ+って攻めてるよね。いまさらだけど。なにが攻めてるって載っているマンガの幅よね。

元AV女優が主人公。いろいろあって引退してひっこんで田舎で引きこもりをしている。
親に無理やりお見合いをセッティングされてあったのが元AV男優で何度も「お仕事」した男。
そしてはじまるプラトニックラブコメ。
ありそうでないけどどちらかというとヤングジャンプっぽい設定ではあるよね。

ジャンプ+のレーティング基準はどうなってるの?って心配する向きはいるかもしれないが、これがあっと驚き全年齢向き仕様。エロくないっていうには主人公はトランジスタグラマでいいものを持ってらっしゃるし、けっこうエロい服着てるしなあ。あんな胸元開ける服をいつも着てるか?っていうかそこがサービスなのか。で、ま、回想シーンとかでそのシーンの前後も出てきます。エロいかどうか最近はすっかり現役から遠ざかっているので判断しかねますが、ひとつ強くいえることは、この絵なくして本作は成立しないってことですね。それくらい絵の魅力がエグいです。

太い主線で描かれていてデフォルメとリアルのはざまのようなタッチなのに、人物も背景もひどく魅力的。というか完全におれ好み。とくにカラーが素敵なんだよなあ。

ストーリーのほうは王道ラブコメでいて、設定を忘れないような作りになっており、ちゃんと元AVってのや、AVをやる前は女優でくっていきたかったとかそういうのもからませつつ手堅く楽しく展開していきます。
このふたりがプラトニックってのもおかしな話だけど基本ふたりとも真面目に仕事としてAVをこなしてたんだろうな。そこにエロいものや爛れたものを読者が感じないように繊細に注意を払っております。

メディアミックス化(死語かね)するとしたらアニメがいいか実写ドラマがいいか。実写にしてもエロありのVシネマ的なものが安易だけど、坂とかのトップアイドル的なひとがやるのもいいかもなあと(原作はエロないんだし)。でも、絵に惚れてるんだからアニメで動くのもみたい。どう考えてもそこらの実写女優よりあの絵にふさわしい声優が声をあてたほうがいいに決まってるし。って妄想を暴走させすぎですね。
posted by すけきょう at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする