2008年12月28日

「セルフ」1巻 朔ユキ蔵(小学館)

・逆転の発想ですわな。
・精通がはじまったかのときに初体験し、その後、彼女が途絶えることがなかったイケメンがセックスに物足りなさを感じて、オナニーをためしたところハマっていくって話です。

・通常はフィクションもリアルも逆の現象ですよね。「やりてー」と有史はじまって以来男は1人平均これまで食べてきたご飯粒の数くらい叫び続けて、「セルフ」でそれを鎮めてきたわけです。

・その逆ですね。1巻では、セックスに飽いてきている現状→オナニーへの興味→実践です。


俺ももっとオナニーがしたい。


・たくさんの女性と身体を重ねてきた結論として彼がたどりついたのは「セックスは女性のものだ」ということです。そして、自分の快楽のために存在するオナニーにハマるわけです。上記引用セリフはセックスの最中に発せられているわけですね。ポイントは「俺も」の「も」です。つまり、セックスしている彼女の悦びと同じくらいのものはセックスでは得られてないのです。

・で、しゅっとしたイケメンがいろいろなオナニーに挑戦したり、妹にみつかったりしているサマはいっそギャグなんですが、この作品の底にはかなりのモノが横たわっていると思うのですよ。

・ポイントは「逆転」です。前記のとおり、出発点からまわりとは逆が主人公ということで、感情移入できなそうな気がするんですが、女性に関しては百戦錬磨でだれしもをメロメロにするテクニックを持ちながら、オナニーに対してはアマチュアでドジを繰り返しているので、妙な優越感と親近感を持ってしまうんですよ。ネット通販で買ったローションが届くのを心待ちにして走って家に帰る姿はカワイくて微笑ましいじゃないですか。その時点で作者の仕組んだワナにハマっているんですけどね。

・そして、たぶんオナニーマンガにならないと思えるのは、彼をとりまく女性陣です。様々な女性が彼をほっとかないわけです。
・彼は呼吸をするように彼女らを受け入れ、よろこばせることを体得してます。オナニーのやりかたも知らないのに。

・だから、この先の展開次第じゃものすげえところに向かいそうな気がしますね。男女の性の相互理解というかね。だいたいが、作者女性ですし。女性が男性のオナニーについて描いているのはやはり性差なんかカンケイないとはいいきれないところがあるでしょ?

・ま、だからこそ、セックスはできるのに、オナニーができない男なんて設定が生まれたのかもしれないですけどね。

・ちなみに、ネットで拾った情報によると俳優の安岡力也氏はオナニーをしたことがないそうです。「セルフ」の彼と同じで求めたらいつでも女性を抱くことができた人生だからです。
・ついでにいえば、AV男優の加藤鷹氏は18歳で初体験を済ませてから1度もオナニーをしたことがないので、「こんな男ありえねー」といえないんです。

・というよりも、彼の設定ってのは成年コミックやエロゲの主人公そのものだったりするんですよね。ここもポイントじゃないかと。だまってそこにいるだけで女が抱いて抱いてとよってくる。それなのに彼はそれに「NO」といってオナニーするわけです。これは画期的です。

・2巻も楽しみにしてます。

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posted by すけきょう at 23:04| Comment(0) | TrackBack(1) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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