・2年に1作のペースで発表される作品はどれもこれも圧倒的な完成度を誇り、おれを魅了し続けてます。
・ただ、三ツ星レストランの最高級特選コースのようなもので、こっちも脳みそをフル回転させ、精神をフラットの状態に落ち着けてあたらないといけないのです。正装で正座って感じで。
・どうしても身構えてしまうのです。そしてやや恐怖もあったりするのです。「おもしろさがわからなかったらどうしよう」って。
・それはいつも杞憂であることもわかってます。読み終えるころにはおもしろさに安心し、2回3回と読むたびに発見や感動があらたにみつかります。
・本作もはたしてそうでした。そして、もうすでにまだシマトラ氏のアタマの中にしかなさそうな次回作に思いを馳せたりするのです。たぶん、それはシマトラ氏が作品を発表されるたびに続くのだろうと思われます。
・それらも含めて、「シマトラの新作を読む」という儀式のようなものですね。
・では、本作「ダニーボーイ」について書いていきます。
・幻と呼ばれたミュージカルでトニー賞を取り損ねた日本人の生涯を、彼と一期一会った女性のおぼろげな記憶とともに語るという短編連作です。
・前作「トロイメライ」では1台のピアノの数奇な運命を追いかけておりましたが、今回は男です。というよりか歌なのです。彼の歌声です。
男の記憶はすべて歌とともにあります。
・生まれたばかりのうぶ声から彼は「歌ってた」のです。
・そして歌とともにあった生涯は彼と歌を1セットで人々の記憶に刷り込まれている。
・それらがホロリとこぼれるように思い出されるのがいいんですよね。たとえるなら蚊取り線香の灰が落ちる感じかしら。ふとそこに歌っている彼が浮かび上がる。
・作中「風の又三郎」のインスパイヤがありますが、窓からそよいでくる風のように彼の歌が脳の中に流れ込んでくるわけです。そしてその歌声のみ残してまた彼女らの記憶から風のように消えてしまう。
・藤井フミヤ氏がおっしゃられていたように「歌はみえないしさわれないのに感動するからすげえ」というステキなアレのように、みえないさわれないものを、同じようにみえないさわれない、「思い出」とリンクさせて、1人の男のみえないさわれない生涯を語るってのはすごくステキですよ。
・んー、ロマンチックです。
・あらゆる年代の女性の耳をとりこにした彼の歌声を想起しつつ、たとえば本作が1本の映画になったとして、どう聞こえるか、どう音楽は鳴るのか?と想像しつつ聞くとすごくステキだと思うのです。
・たとえば、ファーストシーン。
・1p目、滑走路に初老の男が歌いながら歩いている。その歌声。
・2p目、それを管制塔から眺めている女性。管制塔から歌声はちがって聞こえるわね。
・3p、プロペラがまわって離陸準備の指示を待つ状態。もうここでは歌声は聞こえずエンジンの音と、管制塔内のノイズ。
・そして2人が無線でやりとしたあと、
「オーケイ 離陸を許可します。ダニーボーイ」。
たぶん、このセリフにはなんのノイズもないと思うのよ。そいで飛んでいるセスナを背景にタイトルドーンですよ。で、本編がはじまりそこから毎話あるテーマ曲、1話目は「Come Sunday」が流れ、作者の思い出が語られはじめるわけですよ。
・曲の数々はド渋なものが多く、おれにはよくわかりません。ジャズや昔の映画音楽が多いですかね。童謡の「ちょうちょ」とか「フニクリフニクラ」もありますけどね。そういうのがわかるとまた一段と深みを増すんだろうな。
・そう、本作はあるミュージカルスターの生涯を描いたミュージカルになっているんですね。シマトラの最新作はミュージカルだったのですね。前作も音楽が重要でしたが、今回はさらに耳をすまして読むのです。そこで鳴っているであろう音楽を、そして彼の歌声を、想像しながら読むのですよ。
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・ここですばらしすぎるサイトのご案内。YouTubeで各話の該当曲を紹介してくださってます。読んだ方は、ここをBGMにもう1度。まだの方はここをみて想像を膨らませてください。
・なんつーか、これまでの3作のようなダイナミックな!怒涛の!ってラストや展開はなかったのですが、このヒリヒリとせつなく、悲しい「ハッピーエンド」はずっと余韻が残りますよ。
・主人公・伊藤幸男の人生は、椎名林檎のアルバムタイトルにもあった「歌い手冥利」につきるんじゃないかと。
「やっぱり」いい作品でした。「やっぱり」シマトラはサイコーですね。「やっぱり」次回作もいいに決まってる。でも「やっぱり」読む前は緊張するけどね。
オススメ
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