・作者は仙台市在住のイラストレーター。包括的なものでなく、1市民、1東北人としての、震災にあったもろもろを作者の目線で語っておられます。
・この「作者の目線」というのがけっこうなポイントです。そうとう鋭い観察眼をお持ちのようです。
・あらすじは、3月11日のちょっと前からはじまり、地震が終わり、彼の家族にとっての避難所生活もひといきついたところまでの1ヶ月間です。
・こんないいかたはなんですが。
「泣かせ」るような悲劇的なことはなにもありません。妻が妊娠9ヶ月ですが家族も一族郎党もすべて無事に済んでおります。つまり、「大事には至って」ないわけです。そういうドラマチックなベタな悲劇を想像なさらないでください。
・だからこそか、作者本来の才能や気質なのか、非常に淡々と冷静に状況を描写していっておられます。それは非人間的ということではなく、あわてるところではあわてて、怒ったり悲しんだりも。でも、冷静に賢明にもろもろに対処され、記憶記録されております。
・まるでそれまでのことをライブカメラでもつけてるかのように克明に記録し、重要なところを抜き出してマンガ化されております。そのたしかさ、そしてそこにいるわけでもないのに「正確さ」がひしひしと伝わってきます。「ああそうだったんだろうな」という説得力がはんぱないです。
・地震直後妻が心配だから電話を入れるも不通。でも、メールが届いたのでメールを送信。趣味のバイク乗りの服が大活躍すること、持ち出す物、家の様子、まわりの様子をみえる範囲、記憶してる範囲でそうとう細かく描写されております。
・描写といっても、細密な、大友克洋氏のような、奥浩哉氏のような絵ということではなく、本業はイラストレーターなので、国民年金基金のパンフレットに添えられてるイラストのようなタッチではあります。でも、「細かく描写」というのはリアルに写実に描くということだけではないんだよ。
・雑誌は読まないのですが、ネットであったいくつかの震災体験マンガは、おもしろいけど「細かく描写」という点では弱い。急いで描いて出しみたいなことにもなるから仕方ないとはいえ、これも突き詰めれば資質や才能の問題になるとも思うんですよね。
そりゃあもう「説得力」をもたせるには、地震があったときの状態、そのあと、「ちゃんと」描写しておくにこしたことはないですし、それは細ければなおよしです。
地震直後、子供を抱いてやりすごそうとする。それは地震の多い宮城県では「日常」。だけど、3月11日のはちょっとちがう。その自身のとまどいを敏感に察知して、子どもが泣きはじめるとか。そのときの部屋の様子などの描写は過不足なく「こわい」という状態を伝えてきます。
・描写もたくみなら構成も非常にたくみ。さりげなく「登場人物」を増やしている。とくに重要なのが作者の兄。
・マンションに救助にきてくれたのは兄。そこで家族以外が初登場。そして、いっしょに実家につれていこうとする姪たち。
・クルマで実家に向かってる途中、兄にクルマを貸してくれ、妻を迎えにいくといったら、「貸さないよ」と。
「街なんて今 どうなってるかわかんないし おまえもその状態じゃ運転あぶないよ」(だからおれが運転していく)と。
・クールだけどぶっきらぼうながら面倒見のいい兄、そして相当取り乱してる作者ってのがよくわかるエピソードです。
・そして実家について親や兄弟と。彼の目線で進行する話だからそういうことになります。そして、さりげなく「**のヒト」でこうなったみたいのを交えつつ、うまくキャラクタとして増やしなじませていってるのが上手いんですよね。
・あ、マンガ自体は、1ページの4コマ2本の8コマ。つまり、エッセイ4コマの形態です。これが実はもっとも情報伝達の効率がいい方法なのかもしれませんね。エッセイ4コマだしあまり4コマ目で落ちてません。
・そして、兄といっしょにクルマで普段1時間のところ4時間かけて妻を迎えにいくと、あらためて非日常が待ち構えていると。
・あの地震では津波の映像なんてのがずっと繰り返し流されていたじゃないですか。ああいう地獄がほんのそこで流れてるのに、地震ど真ん中の被災地にいても信じられないとか、とにかく非日常のディティールをこれでもかこれでもかと描写されておりまして、それはすべて淡々と描かれてはいるんですが、ドキドキしてくるんですよね。この臨場感はちょっとすごいです。
・妻は、臨月の妊婦でトイレが近いのですけど、近所のカレー店が快く貸してくれたとか、コンビニは食い物なにもないけど、なんとか買えた魚肉ソーセージを会社の同僚と、迎えをまつ車内で淡々と食べていてそれが非常に美味しかったとか。
・兄はヘビースモーカーでありながらも半分以下になったタバコは絶対に吸わないのが心情だったのにシケモクを吸ってたりな。どこにも売ってないんだと。これは実に今でも多少そういうところありますよね。
・無事だ無事だ書いてますけど、しばらくは延々と余震が続いて、眠れたもんじゃなくて大変だったとか。絶対に大変だったわけがよくわかるのですよ。
・こないだ、2ちゃんねるで自分は被災民だから飛行機の席をいい席に変えてくれなんて海外旅行にいったおばはんが話題になってましたが、彼女もたぶんもしかしたら絶対大変だった可能性もぬぐい去れないワケです。
・そしてあんまり報道されてない、その後ですよ。「買い物」の大変さとか、給油することの大変さ。もろもろの復旧とかね。電気→水道→ガスの順番だそうです。
・おれも仙台のトモダチに電話できいて知ってましたけど、1行動1日シゴトになるそうで。給油するの1日、給水するの1日、近所の健康ランドが開放してたけど、入って出てくるのに1日だそうで。
・エッセイ4コマ形式にしているだけあって、随所にユーモア的なものもおりまぜていきそれがまた蛇足やムダじゃなくてまたきちんと笑いのある4コマになってたりするあたりもタダモノじゃないです。
・と、まあ、全部書いてもしょうがないんですからここまでで興味湧いた方は買ってください。この文章書きはじめてから気が付きましたけど、売上の一部は寄付されるそうですし。
・そして結論として、本作、1冊のマンガ作品としてすごく完成度が高いです。それこそ東日本大震災のレポートエッセイコミックとしての範疇どころか、ほかにある「普通」のマンガとタメはるくらい。
・細かい描写、作者一家をはじめ愛されるべき一族とそれぞれの的確な描写に、それぞれ多分素でも立ってるであろうキャラ。また、善意の輪みたいな感じでよくしてよくされる「助け合い」が描かれてたりね。
・それでいて、時系列に沿って描かれていて、最大のインパクトは地震で、そのあと妻との再会、そして日常へ戻っていく感じですが、あの地震のときのタダゴトではない感情が「きちんと」よみがえってきますよ。そして実は、「日常」にもどることこそが本作のクライマックスになっているわけですよ。
・ならばずとも給油できる日常、スーパーにモノがあふれてる日常、アイスクリームも肉まんもコンビニで買うことができる日常ってね。
・目の届くところにおいて、ときおり読み返すことをおすすめします。3月11日の「感じ」を思い出しますよ。この日からしばらくの期間を日本で過ごしたということは忘れようのないことだし、いつもじゃなくてもたまに思い出しておいたほうがよろしいかと。
オススメ
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