・本書は3つのカテゴリに分類することができる作品集です。
・表題作である「深海魚」「デビルフィッシュ(蛸)」は原子力発電所ではたらくヒトを描いたもの。
・あとはカッパやタヌキが登場する「赤い雪」にも通底する「いつもの」短編群。
・それと、自身の体験や思いを吐露した私マンガ「冬の虫」「冬の海」「春の霊」。
・解説に詳しく書いてありました。「COMICばく」。かつてこういう漫画雑誌が発売されてました。目玉はつげ義春氏の連載(毎月ではなかったけど)を読むことができるということで、それから付随して少し前のガロで活躍されておられたおれにとっては伝説の作家さんのマンガをたくさん読むことができました。
・その中にはけっこう「おれ史」に大事な作品がありましたが、本作収録の「深海魚」もそのひとつではあります。
・そして、これが初勝又進だったりもするのです。そこがまた歪といいますかなんといいますか。
![]() | 勝又 進 |
・そもそも、勝又進氏で有名なのはこのほのぼの4コマとされるものでおれはまだ読んでないです。
・さっぱりすっきりした絵でいながら、そこをみてないと絶対に描くことのできないディティールで淡々と原発内で作業しているヒトを描いている「深海魚」は、当時「危ない話」などで広瀬隆氏の著作がワーっとでてくる直前くらいな感じで、直感的にすごいモノを読んでいると思った。このころはちょっとしたことで「こんな高度なモノを読んで知ってるおれスゲー」とは思っていたんだけどね。
・で、「今」読むとやっぱりすげえんだよ。圧倒的なリアリティを感じるんだよ。
・なぜかはみなさんご承知のとおりでしょう。今年、日本人は飛躍的に原子力発電所に対しての理解を深めましたからね。
「深海魚」の1コマ目は、のどかな花咲き乱れる田舎のあぜみちを青年が自転車をこいでいるところ。
・2コマ目で大量のトラックやマイクロバスが渋滞をおこしている国道。青年はバスの中のひとりに手を振ってる。画面ハシには急ごしらえのストリップ劇場。
・3コマ目で青年とたくさんのクルマは、今年テレビでたくさんたくさんみた、四角い建物のほうに吸い込まれていく。
・そして、以降、ものすごいたくさんの行程を経て、「仕事場」にむかう状態を描いている。すべておっさんら。
「やれやれ/仕事場に/行き着く/までが/ひと仕事……」
・そして、胸からさげたアラームと、ガイガーカウンターの音に気をつけつつおっかなびっくりなおかつすみやかに仕事をしてる。
・今年になってテレビでたくさんきいた単語がいっぱいでてきます。「原子炉建屋」「除染」「管理区域」「核燃料プール」「60ミリレム」などなど。
・作業してたおっさんがグラインダーで手袋ごと手を切ってしまう。だから、痛みにたえて叫びながらたわしで傷口をゴシゴシと洗ってる。「内部被曝」を避けるためにね。
・と、ここにあったことすべて本当にあったことなんだなあと、あんまりのリアリティにヒヤヒヤした気持ちになっていく。
・なんたって除染は作業員だけのことじゃなくなってるんだしね。
・続く「デビルフィッシュ(蛸)」では同僚のおっさんが原子炉で作業してて落ちてケガをしてしまう。
・おっさんは頭から血を流しつつも、除染を優先させられる。
「けがを/してんだ/見のがして/出してやれ/よォ」
「だめだね/汚染物は/外に出すわけ/にはいかん/もいっぺん/洗ってきてよ」
・で、頭から血を流して「いたいいたい」いうてるおっさんをもう1回洗うのですよ。
・と、まあ、なんだかすごく身にしみるなあと。そう、そういう感想になったのですよ。
・今年以前だったら「たいへんな仕事もあるんだなあ」で済んでいたことなんだけど、まったく他人ごとじゃないんですよね。毎日のようにあそこで放射能ここで放射能いうてね。ベクレルベクレルいうてな。
・これらをすごくさっぱりした絵で描かれてるのがまたなんていうかねえ。
・作者自身によるとそういう作風でないことを重々承知のうえで、なおかつマンガとして「おもしろくない」ことも自覚しつつそれでも描いたとのことなんですよ。
・2007年で死去された作者におかれましては、2011年に別の「おもしろさ」を加味して登場するとは思いもよらなかったことでしょうね。
・そして。
・ほかの作品がまたすごかったし、「今」だったんですよ。この作品のチョイスをした編集さんがすごいんだろうかね。
・本作のさまざまな作品は舞台はだいたい田舎です。そして勝又進氏の田舎は宮城県の石巻市です。そう、東北の田舎です。もうこれだけでぞわぞわしますが、これらの作品すべてに共通して感じられるキーワードが「閉塞」だなと。それですべてにスジが通った気がします。
「深海魚」では寮暮らしに息がつまるのでラブホテルに住んでいるオトコが登場しますし、「デビルフィッシュ(蛸)」では「早くこんなところ辞める」とずっといってたおっさんがケガをして、「ああ、あのとき辞めてればよかった」なんて頭から血を流しつつ嘆いてるわけです。
「かっぱ郎」では女房をねとられたカッパ郎がカッパの国を飛び出て、農家のおっさんのところに居候してたけど、そこもたまらなくなってまた沼に戻る。
「半兵衛」ではメスになりたくないといってた半兵衛がメスになり家とダンナにしばられて身動き取れなくなる。
「木の葉経」は寺を飛び出た坊主になりすましてタヌキが坊主をするって話。
・そして自伝的要素の強いシリーズでは家から飛び出たオトコが寮で家のことを思い、線のつながってないガラクタの電話を寝床からかけてみたり、幼くして死んだ母親の幽霊が現れたりするのです。
・どれもこれも息苦しくなるほどの密室です。東北の冬に、真っ黒な海に、深い山に、原子力発電所にとじこめられて煩悶してる人々(たぬきやカッパ)を描いているんですね。
・この感覚も今年になってさらに強いシンパシーを感じております。みんなそこにいるのはなぜか?と思いつつも出ていけないでじっとしている感じね。
・薄れてはいくのかもしれないけど、これからもコトあるごとにいろいろと蒸し返されていきそうな気がします。そして「閉塞してるな」という気持ちがさっとココロを横切るのだろう。
・そのときにおれはこのマンガの黒い海などを「込み」で思い出すんだろうなあと思ったのです。
![]() | しりあがり寿¥ 683 ![]() |
・原発以降に描かれたあれやこれやを集めたり描き下ろしたりしたマンガです。この「スタイル」は発明といっていいほど画期的だなと思いました。それをフットワーク軽くこなしたしりあがり氏はすげえと思います。
・このマンガは「だいぶ先」のことと「ちょっと前の今」のことを描かれてたと思います。震災直後の空気。いろいろと経ってからの空気。
・本作はその震災から半年経って、これからしばらくひきずるであろう「今」の「閉塞」の空気を描いてると思うのです。
・それはちょうど「春の霊」のラストのコトバ「春が苦しい……」が的確かと。地震がおわり、春がきて、夏がきて、秋が終わろうとしても、なんとはなしに閉塞はただよったままだと。ラクな気持ちにさせてくれない。
・ちなみに。
・2011年11月21日に普及版の「赤い雪」が発売されるそうです。オビの返しに書いてありました。おれの持ってる版と同じものだとするなら、本作より先「赤い雪」のほうを読まれることをオススメします。「深海魚」のほうは「COMICばく」でも感じられた、昔のガロの「苦い」ところが多いのです。赤い雪のポップさになれてからのほうがよろしいのではないかと。
・本作でも相変わらず女性描写がステキですけど、そもそもの女性キャラが少ないしね。性転換したあとの「半兵衛」がすっかり「オンナ」の顔になってたりとか、「春の霊」で登場する母親の幽霊がなんともいえずやわらかい感じとか。
参照
[「赤い雪 勝又進作品集」勝又進(青林工藝舎)/ポトチャリポラパ/コミック/2005年11月]
![]() | 勝又 進¥ 945 Amazonで詳細を見る by AmaGrea |