2013年01月17日

ドモホルンリンクルな思い〜謎のあの店 1 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス): 松本英子

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謎のあの店 1 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)
謎のあの店 1 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)松本英子

朝日新聞出版 2012-08-07
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「このマンガがすごい!」が定期的な話題になるようになってどれくらい経つだろうか。今や、本家にあたりそうな「このミス」こと「このミステリーがすごい!」と並び、今年を総括し来年の展望を探る指針として確固たる地位を築いている。
・とはいいつつ、おれはあまり読んだことがない。影響を受けるのがイヤだから。なんていうかな「端くれ」の気持ちでいたから。でも、年々そんな気持ちは薄くなってきた。だから2013年版から買おうかしらって気も。ただ、昨今は、むしろ、マンガに関する熱量が下がって、「別にそこまでして追わなくてもいいか」くらいまでなったりもしてるけどさ。
・そこで、おれの2012年なんですが。
・4月30日から心筋梗塞および心臓手術で3ヶ月入院するという史上最長のトラブルに巻き込まれて、完全にそこで分断されている。だから、2012年の4月まで、そしてロクにマンガを読むこともできなかった3ヶ月と、今年1年は半分以上「なんだかなあ」ってノリで過ぎていきました。その期間は完全にリセットされてるし。
・ただ別に健康でもそう状態は変わらないんですよね、経験上。
・12月にその年を振り返るといっても1月や2月になにを読んだかの記憶はもうガンダーラくらいの遠い場所に埋まっております。ヘタすれば2ヶ月前になにを読んだのかも忘れるし、なにを買ったのかも忘れて、マンガもCDもゲームも同じものを買ってはのたうち回っているのです。
・けど、2012年の8月から12月にかけ、まちがいなくあげることのできる特筆すべきトピックは松本英子氏にハマっていたことですね。

・そのきっかけとなったのが本作「謎のあの店」であります。その後全5巻の「荒呼吸」も揃えました。

「謎のあの店」はエッセイコミック。作者が気になった店を探訪してみるというルポになっております。
・2重構造になっておりまして、作者が昔から気になっていた店に思いきって入ってみるというソロ活動と、担当編集(あるいはトモダチ)のオススメだったりする「謎」の店に2人で行くというもの。
・両方のパターンともそうですが、ルポモノでよくある、毎回のテンプレが決まっているところに「今回の店」をカチャカチャとはめこんでいくというルーティンなところがあまりないのが特色です。それはとくにソロのほうに顕著です。
・2文字で表現できます。「濃厚」。
・タイトルのように生活範囲内にあり目についた謎の店を「どうなんだろう」と思いを蓄積させてある日思いきって入ってみる。その顛末をマンガにしているのです。
・それはケーキ屋さんだったりパーマ屋さんだったりラーメン屋、銭湯、占い、喫茶店、などなど。
「蓄積」がおもしろいんですよね。作者の嗜好もあり「古」好みなところがサイワイしてます。ただそれだけじゃないです。

・たとえば、ずっと気になっていた「こんなトコロに?」って感じにある旅館。泊まってみたら古い以上にとても汚い。でも、気になっていたその宿の鏡に映った自分をみて「ここに居る」という状態を楽しむ。10代20代から前を通りかかっては「どうなんだろう?」と思ってたあのころの自分に、「今ここに居るぞ」と伝えてる。
「小料理」の店、入ってみたら、味ぽんで食べる白菜鍋やソースで炒める焼きそばがメインのよりくだけた感じのスナックだったり。これは夜の世界への予行演習だなと。
・そういう失敗も込みで「現場」を満喫する松本氏の姿と観察眼に感心するし「おもしろ」を感じるんですよね。
・うむ、この「楽しみ」を教示していただく感じ、どこかで読んだことあるぞって答えはオビにあるんですよね。

「孤独のグルメ」「花のズボラ飯」の原作者
久住昌之さん
絶賛!
「松本英子さんは、
女のボクです!
自分のことを描かれてるように、
恥ずかおもしろく読みました。
前世治療受けたい

・そう、かの久住昌之氏がコメントを書かれてる(すごく正直に書くと買う決めてになってる)。
・美味しいであれマズイであれ、快であれ不快であれ、その「場」や1回の食事を楽しむ。どこで食べてもなにを食べても1食は1食。1回は1回。この「姿勢」はすごく似ております。まずかったり不快でもネタになるしって。松本英子さん(久住昌之も)の姿勢は一貫しております。

・ただちがうのは松本氏のソロ活動の場合、思いが「蓄積」されていることです。「(この店は)どうなんだろう?」と前を通るたびにその思いが膨らんでいってる様も書いてあります。
・先ほども書きましたが、松本氏は基本「古い店(というか古いもの)」を好むところがあり、そういう趣味の方の宿命である「閉店」の危機にいつもさらされてるわけです。だから、思いをためこんでばかりじゃなくて「いかなけば」と後ろを押されるような感じでいったりもするのです。それがおもしろさを生み出しております。
・そういや「孤独のグルメ」のゴローさんは、毎回アドリブでパッとその場で適当な店を決めてるよなあと。ふと、オビの久住さんからのつながりで思うわけです。
・どっちも「はじめて」入るってことではいっしょだけどずいぶんと趣きがちがうよなあと。
・あ、これって「恋愛」における性差ってこと? 刹那の思いで行動する男性と、思いを蓄積しついに果たす余韻に浸る女性。
・とか思いましたけど柄じゃないんでコレ以上は省略で。
・まあ、その理屈をふくらまし極言すると「孤独のグルメ」って風俗ルポになっちゃうんだな。
・あ、そうだ。たしか原作の久住昌之氏の性風俗ルポの本があったなあ(テレるからトモダチにいってもらったのをあとで聞くという変わった方式→「ある純情青年の風俗十番勝負 番外編もあります」)。

・話を「謎のあの店」に戻す。
・それ以外になにがすごいかというと圧倒的な描画力(そこんところも孤独のグルメに匹敵するんだよな)。
・写実という点でもすごいけど、店内に漂う空気をきちんと絵に表している。店員とかじゃないんだよね、店そのものの描写からそれを表しているんだよな。もちろん店員が「味」なこともきっちり描いてある。ただ、店の面構えと店員のそれは1セットだからね。ここをわかっておられる。そして「わかってない(わかっててもできない)」ルポマンガは背景レスでおもしろ店員だけ描く。
・ああこんな店あるわー(あったわー)って共感を背景から汲み取ることができる。質感が絶妙な気がする。建物や家具や小道具の材質や手触りがよくわかるんだよな。
・それらの店を松本氏の感性で「いい(店)」と表現されてます。これがすごい。なにがすごいって「いい」をちゃんと絵で表して読者とシェアできているから「いい」だけで済むところがすごいんだよ。

「上手い絵」というのは諸説あると思いますけど、マンガに関していえば、より確実に的確に「情報」をわかることが重要。書き込みがすごくてもデッサンが正確でも迫力があっても「なにが描いてあるかわからない」ってのが最悪なのです(念の為に書いておくけど「そういう効果」を狙ってるものは別ですよ)。

・そして松本氏自身への興味。非常に興味が湧いてきます。
・新橋の一杯飲み屋での「店のママが仕事を捨てた瞬間」をきちんと切り取ったり、ファンタジーのような長野のレストランを描き出したり、弁天様にもてなされている銭湯を描いたり。
「食べる」「(酒を)飲む」ってこと以外の店に入るのは度胸がいるよなあと思うけど、それにも突撃してるね。
・読むたびに「どういうヒトなんだろう?」と。だから、よりパーソナルな部分を抽出して煮詰めた「荒呼吸」も揃えたのです。「荒呼吸」もエッセイコミックです。そっちのほうも大満足で、すなわち2012年はおれにとっては松本英子イヤーだったわけです。

・以前、同じコンセプトの本があリました。街でみかける「あの店なんだろう」ってところに入ってみる話。こっちは西原理恵子氏の出世作であるところの「恨ミシュラン」的に作家とマンガ家かのコラボだったけど、ネタに走りすぎていたために旨みが全然引き出せてない凡作に終わって非常に残念に思ってました。いい狙いだなと思っていたのですよ。
・そして本作を読んで、「おれは当時コレを読みたかったんだ」と思いましたよ。そういった意味でも衝撃が強かったし、カタルシスが大きかったです。

「とり英」(マンガ内の店名などはすべて微妙に変えてあるけどちょっと調べたらすぐにホンモノがわかるようになってる)で丸揚げ食べたいわ。あと、ドイツのビアレストランには松本氏といっしょにいきたいわ。

・連載されている「ネムキ」が去年の12月で休刊になっておられますが、この連載はどこかで続けてほしいな。
・ただ、ドモホルンリンクルのように1滴1滴蓄積している濃い「思い」をマンガにしているソロ編は必然的に少なくなってくるだろうなあ。
・それでも読みたいんだけどね。
・2013年も松本氏の作品で楽しませていただきたいものです。
posted by すけきょう at 07:55| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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