2013年03月16日

就職難!! ゾンビ取りガールの作者がアイアムアヒーローにケンカを売っている

就職難!! ゾンビ取りガール(1) (モーニング KC)
福満 しげゆき
講談社 (2013-02-22)




「僕の小規模な生活」6巻収録の短編「日本のアルバイト」が長編コミックとして始動してました。あら驚き。
そこいらのことは「長いあとがき」で詳細に記してありました。ゾンビ知識や設定や「アイアムアヒーロー」のことも。本書で1番のポイントはあとがきだったりしますよコレ。

「ゾンビ取りガール」は、突如出現したゾンビがあふれる世の中が舞台。
・ところがそうそう人類がゾンビに取って代わられて滅びるわけでなく、たまーに街角にうごめいてるゾンビがいるという、「ここの世界」と風景がちょっと変わった程度のちがいで済んでおります。
そんな中、ゾンビを回収する仕事が生まれましたし、女の子もアルバイトで働くわけです。それがタイトルということです。
・ゾンビになったヒトは動きが緩慢になるし知能も劣るようになるので、かまれるのはゾンビと同様の動きの遅い老人が多い。ということは、ゾンビは老人から増えていくし、若いヒトたちはそうそうゾンビ化しないわけだから意外にゾンビは爆発的に増えないだろうという解釈です。
・ゾンビモノは膨大にあるのでもしかしたらだれかがすでに描いておられる分野かもしれませんがあまりゾンビモノを一生懸命追いかけてないおれとしては新鮮ではあります。

「生活」でもそうですけど、福満氏の「独特」といっても差し支えない、他にあまり類をみないアクションが大爆発しており、予想を大きく裏切って上書きするほどのアクション巨編になっているのが見どころです。とくに1巻のクライマックスである若者ゾンビ4人との立ち回りは最高ですね。「なんかすごい」としかいいようのないすごさで、「手に汗握る」というのが誇張ではないくらいです。

・それでいて、ゾンビ取りガールと、福満氏の妻のヒトの若き日のときのような金髪の事務員さんと、ゾンビ取りガールのお姉さんと、「キレイドコロ」も取り揃えていますし「いいシーン」もありまして、こんな世界でも相変わらず主人公男子の煩悩も膨らんでいくわけですよ。
・それにラブコメの要素が入ってるんですよね。ゾンビが日本で増え続けることより主人公はゾンビ取りガールといっしょに仕事をすることができるほうが重要。そりゃそうだ。それより大事なことって実はあまりない。

・そんな世界。「この世界」の日常よりちょっとだけスリリング。だってヘッドホンで音楽聞きながらヘラヘラとは歩いてられないでしょ? 気がついたら老人ゾンビが後ろに迫っててガブっとやられるわけだし。実際、そういう迂闊さで感染った事例も描いてあるし。
・地続きの日常であるので、通行するクルマや通行人に配慮しながらゾンビと立ちまわるって感じも新鮮。

・で、「長いあとがき」ですよ。そこで「アイアムアヒーロー」にたいしての長文批判メールを担当に送りつけた旨書いてありました。
「アイアムアヒーロー」はけっこう早めに日常から非日常へと移行しましたし、最新刊11巻では主人公一行はお休みでちがうメンバーの動向を追ってます。
・そこでは主人公一行や彼らが出会った方々とはまたちがう「生活」が繰り広げられております。
・小さいコミュニティで生き残るためのモラルや規範など。「それぞれ」が作り出していっている。
・時系列でいうと、「ゾンビ取りガール」よりは進行している世の中ではありますよね。

マンガ・オブ・ザ・デッド
田島昭宇、寺田克也、鬼ノ仁、うぐいす祥子、島田虎之介、外薗昌也、ヒロモト森一、古泉智浩、腑貌篤史、広江礼威、沙村広明、松本次郎
竹書房
売り上げランキング: 13,873


・福満しげゆき氏が「アイアムアヒーロー」のどこがお気に召さなかったのかはわからないのですが(お気に召さないという感覚はわかる)、「長いあとがき」を読んでこのマンガを想起しました。
・タイトルの通り、ゾンビネタのマンガオムニバス短篇集です。いろいろな種類や切り口はストーリーのゾンビがでます。
・ああそうだ。ゾンビってこういう設定のゆるさや解釈の多さが魅力なんだなと。
・もっといえばゾンビって「便利」なんだね。
・いろいろなことをゾンビにあてはめることができる。その柔軟性。
「ゾンビ取りガール」はラブストーリーとゾンビを絡ませているわけですね。そして、すみやかに日常が非日常になるって従来の作品のニッチをついておられるわけです。福満氏のストリーテラーな一面を垣間みることができますね。

・と、両作品を読み比べていて気がついたのですが。
・ゾンビものの他作品と「アイアムアヒーロー」を比較すると、「アイアムアヒーロー」って「神視点」での語りが11巻までのところないんですよね。
・現状を「まとめ」てくれる存在がない。テレビは映らないし、怪獣映画ではおなじみの国会議員や自衛隊の作戦会議みたいなものもない。
・ある時期からいっせいにその世界に放り出されて、「いい感じ」で情報が遮断されて、それぞれの解釈や観察で考えて規範を作り行動している。それが11巻からの展開でより細かくなったし、それぞれちがうことがわかった。
・これまでは主人公一行は「生き残れ」ばいいけど、今回の面々はそれだけじゃないところがあります。「人助け」みたいなこともしているし。「なにか」がある。そして作品内のゾンビたちも「なにか」がある。そういうことがわかってきてます。
・それらも含めて新しい領域に踏み込んでいる感じをヒシヒシと。
・逆にまだこれまでの日常がある「ゾンビ取りガール」のほうはテレビなんかの「神視点」があるために、どういう現状なのか主人公がわかっているのです。ま、「仕事」としてゾンビと戦っておられますしね。
・そう考えると、「アイアムアヒーロー」の神不在ってのは「正解」がない分おもしろいなあと。わからないからこそ秩序がなくなったり、新たに生み出されたりしてあちこちでいろいろなことをしているやつらが現れているってことで、いよいよ話が大きくなってきている。生き残ってる人間同士の抗争すら匂わせているし。
・まあ、ひろげた風呂敷をたたむことができるのか?って心配もありますが。
・いわゆる「火事場泥棒」的なものが極端に少ない日本人の習性からして、こういう展開は、いかにも「マンガ」ではあるような気もしますけどね。たとえるならそんなキャラ立ったやつばかり同じクラスにいるかよ?「バトル・ロワイアル」って感じでね。ただ、そのほうが確実におもしろいからね。マンガなんだからマンガで何が悪いのかってことです。
・多分に「アイアムアヒーロー」に影響を与えている新井英樹氏の「ザ・ワールド・イズ・マイン」にしても怪獣映画だからこその宿命ですが、「神」としての視点はありました。本作は「ネット」がそれの代わりになっているのがおもしろくはありますね。今の「来栖編」もネットでのSOSで行動しているし。いろいろなネタもネットで手に入れている。ただしそれの「正解」じゃない感じがすごくリアル。というか、「今」でも通じるところがありますよね。
・なんていうか「村」の成り立ちにも似てるよな。村の掟とか、長老のいう迷信とか、門外不出の祭りとかなあ。そういうのが生まれる経緯に似ている。ポイントは「情報」ですよね。村もアイアムアヒーローも「情弱」ばかりがいるからこそです。

・なにがいいたいのかわからなくなりそうですが、つまり、ゾンビマンガはおもしれーって。
・あと、童貞はゾンビに囲まれて死にそうになったときも同僚のおっぱいの大きさに目がいったり(ゾンビ取りガール)、ゾンビでもいいからおっぱいにさわりたい(アイアムアヒーロー)ってことなんだなあと。おれもおっぱいさわりながら死にたい。



・この作品にはそういうシーンがありますね。ここだと女性は極端に凶暴な「女ンビ(じょんび)」になるんですよ。

・ちなみに「マンガ・オブ・ザ・デッド」はちょっとイマイチです。
posted by すけきょう at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/341897782
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック