2017年04月07日

天国ニョーボ 3 須賀原 洋行 (小学館 ビッグコミックス)


迷走の3巻。
1巻ではガンで他界したニョーボがあの世から戻ってくる。2巻では他界の原因となったガンの闘病記になる。3巻ではどうなるかと思うと2巻で決着がついてなかったのでそのつづきと。しかも決着がつかず。でもって4巻で終わるそう。
ん? こうなると1巻のくだり必要だったか? そしてそれが必要なら3巻は大急ぎでニョーボを「殺さない」と話が進まないだろうに、なぜか3巻は「現在」の子供らの先行きについて「予想」まで入れて描いたり、かと思えば、作者の学生時代を描いたり。
いちおう、その理由も描いてある。


(天国にいるニョーボさん)「ダンナが前回、今回と、闘病記を休んでほんわかした話を描いてるのはなぜ?」
ジグちゃん(フロイト)「無意識の領域から「ここから先を描くと心がやばいぞ」と信号が出ているのだろう」「このまま描き続けるとまたニョーボが死んでしまうという」という強い抑圧に襲われておるのじゃ。



あー、こういわれるとなにもいえないって気にもなるけど、それ以前に、もう3回4回死んだときの模様を軽くは描いてるんだし、覚悟はできてるのかと思ったわ。そして「それ(抑圧)」を優先させるとマンガのクオリティは下がると思うし、事実下がったんだけど、それはそのあとのニョーボさんの遺言である、息子たちを独り立ちさせるまで金を稼ぐ必要があるから闘病記でもなんでも描きなさいってのとちょっと反しないかい?

まあ、もうちょっと作者側に立つとすると、息子のことを託されたからには息子の先行きを描かないとダメだし、入院してるときもおれの手料理を美味しそうに食べていたってことで、冗長におもわれるかもしれないそれらの描写は「必要」なのかもしれない。
ただamazonの「5つ☆レビュー」にあるように、実在ニョーボシリーズのこれまでの愛読者ならそれも込みで楽しむことができるかもしれない。でもそれなら古巣の竹書房やら講談社で描くのがベターだよな。お初の小学館で「はじめて」読む人相手にこういうの描くのはありていにいって悪手だろ。はじめての人にはちんぷんかんぷんに思われそうだ。

まあ、おれも反論されないように書いておくと、奥さんをガンで亡くしてます。実在ニョーボさんより若くして、かつ前に。だから1巻2巻はかなりココロにきた。「そういうこと」で。
そして別に物書きではないWEB日記書きとしてでも、奥さんの闘病記は書く気になれない。書くことができない。それは上記のジグちゃんの見立てと同じ理由だろうと思う。
だからこそそれを書きはじめた作者はすごいと思った。「モーニング」を創刊から読んでいたので作者はデビュー時から実在ニョーボ(OL)でブレイクしたところとか存じております。それでこれまでコミックは買ったことはなかった。そう「判断」したから。おれにはいらないなと。
でも、本作は買わないといけないと思ったので買った。これは読まないとダメだって。だからこそ3巻にがっかりしてるんだよ。

描きはじめた以上はハラをくくって「ちゃんと」ニョーボを殺さないと。それが表現者としての責任と違うか? そしてニョーボさんとの約束じゃないのかな? この「ちゃんと」ってのはすなわち作品としてのクオリティを高めて名作として完結させろってことだよ。
それを考えると現在、1巻と、2巻3巻がチグハグすぎるんだよな。さらっと振り返るなら振り返ることにしないとダメだったのにそれもできずに3巻でもまだ闘病記の決着はつかないまま。そして次で終わるんだよね。どう考えても4巻も闘病記で終始しそうだよなあ。

絵もなんだか妙な大ゴマと意味がうすそうな描画が目立つようになったしなあ。食材だけ1ページ映す芸のない調理シーンとかなああ。

1巻も2巻もホメてたんだぜおれ。

http://sukekyo.seesaa.net/pages/user/m/article?article_id=425393955

http://sukekyo.seesaa.net/article/441450453.html

いやまあ4巻で大逆転がもしかしたらあるかもしれないから一縷の望みってのは残しておきたいとは思いますがねえ。



posted by すけきょう at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | コミック感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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