読み切りオムニバスで「おひとりさま」の女性を描くわけです。8巻にもなりました。
でも、毎巻1巻のように新鮮。彼氏と別れてひとり、もともとひとり、遠距離恋愛でひとり。などの女性を主人公に据えて1話読み切りでね。
1作気になったのがあった。
54話。アラサーのOL。おひとりさまになれて毎日スーパーで惣菜や弁当を買って食べる毎日。スーパーで元彼に会う。ただ、「もう関係ないから」っていろいろと話しかけてくる元彼に邪険に対応する。
それが喉に魚の骨みたいに引っかかり、弁当を食べるのを止めてついカレーをつくりはじめる。着地点としてはつきあってたときによく作ってたカレーよ的な? ただ、OLさんは不注意でカレーを床にぶちまけてしまう。
ここからが谷川節の真骨頂なんですが(彼女の作品評でもっとも似合わなそうなフレーズやな)、彼女はイライラと絶望の中、カレーを片付けはじめる。そして明け方になるまで断捨離をはじめてしまい、あれこれ捨てたり大掃除。そして「手放せるからいいんだ」になり、断捨離見事に大成功の巻と終わるのです。
「片付けたい」「リセットしたい」という欲望はありますよね。おれも干支が龍の年とかって周期でそういう心境になります。ただ、これは吹っ切れたことにはならないよなあ。でも、彼女はスッキリしてると。掃除という単純作業によって気持ちが落ち着いたのだろうとは思う。
なるほど、家人が後先考えず身内の気持ち(おれのことです)も考えずに強制的に部屋を掃除するから私物を撤去しろ(した)って感じを思い出します。「そうしたい」んですね。だから「そうした」。おひとりさまだといいわな。だから本作ではさわやかないい話できれいに終わるけど、これがたまに断捨離を履き違えて家族にそれを強制させるときがあるんだよな。えーと、いまの家人だけじゃなくて、これで4人に「そういう目」に遭わされて、なんていうかな、本作ではないようなどす黒い気持ちが生まれています。
「憎いと思うより 手放せるほうがいい」
彼女は掃除後にそう思うわけです。いいセリフです。ただ、その「手放せる」ってのはヒトへの想いでもあるなあと。たしかに、強制断捨離食らうたびに家人に対してとっても冷たい気持ちにはなります。おれはそういうのどうにも捨てられないタチだから。でも、そういう強制断捨離食らうたびに「どうでもいいや」って文字通りの捨て鉢な気持ちにもなります。ゴミとともに人間関係にも断捨離の気持ちが芽生えるなと。
うん、おれはなにを書いているんだろう。
57話もよかったです。売れない作家さん。これはシリーズで2話収録されてます。最初は家の鍵をなくした話。57話では年末に後先考えずフィンランド製の錫でできたクリスマスツリーを買ったために年内文無しになる話。こっちはコメディタッチでなんというか安心して感動できる話。
基本は読みくち爽やかなよいモノですがこの断捨離ネタだけちょっと引っかかったなと。