前作「バディドッグ」は実際細野不二彦のキャリアの頂点にあると思っていたしぜひとも最終巻もここで取り上げたかったのになかなか無念なことになったのが2022年の後悔のひとつです。
そのバディドッグの感想文で細野不二彦氏には異世界ものを描いてもらいたいなあとそのことも書いていたんですけど。その理由も。
と思ってたら本作です。本作は異世界ものではありませんが、限りなくIFの世界の物語です。
舞台は昭和。学生運動がはなやかなころ。左翼の学生に対する用心棒として主人公は雇われる。そして学生が暴れた時には猿面をつけて現れ木刀で学生を蹴散らす。
ところが、左翼学生のほうも用心棒を雇う。ヌンチャクを振り回す赤いヘルメットの学生。
それとは別に主人公は殺伐とした学校の裏庭に温室で花を育てていた清楚な女性と出会い一目惚れ。これが実は上記のヌンチャク使い。
そして主人公は、一方では敵、一方では恋焦がれるひとと出会い運命の歯車が回りはじめる。まあそういう段取りになってます。
1巻のAmazonでのレビューで学生運動の流れが史実とちがうってお怒りの方がいらしました。
学生運動の時系列かディティールがちがうのかわかりませんが、その不満をとうとうと挙げておられました。
だから、本作はIFの世界の物語なんだよと思ったのですよ。架空戦記とか。
この舞台のこの時期のこの話ということはとても重要かと思われますけど、それはエンタメを上回るほどのことはないんですよ。
この舞台のこの時期のこの話といえば、山本直樹氏の「レッド」というモデルになった当人が「まんま」とおっしゃってたものがありますが、それと比較してどっちが優れているかとかは当時流行の言葉でいうところのナンセンスってやつですよ。
1巻に「これはこういうマンガです」という宣言代わりのメッセージが多数盛り込まれてます。
まず「昭和」があります。学生運動の歴史以外にも昭和文化が爆発してます。そしてそれらがストーリーにからみついていきます。
マンガが出てきます。やけにリアルな東京の風景が現れます。そこに当時生きていなきゃわからないディティールも描かれてます。食堂の吸い殻がいっぱいではみ出てる灰皿とか阿片窟みたいなジャズ喫茶、などなど盛り込みまくり。そこに当時の炭鉱の様子とかキーとなる話も盛り込んでいく博覧強記の無駄遣いな作風はいつも通りなんですけど、本作、明らかに作者ノリノリのところがあります。
でも、それは今はないということではたまたままだ生きているひとがいくらかいる「時代劇」なんですよ。
あと、本作、ヒロインの友達がシェークスピア研究会に入っててオフィーリアやらハムレットを演じるし、いろいろと本編にも関わってくるのよね。
そうだよ、このドラマの主人公とヒロインの間柄って「ロミオとジュリエット」じゃないか。
1巻での図書室の出会いなんてとても美してロマンティックですよ。これはなにかネタもとがあるんでしょうか。おれははじめてみた演出ですね。
もうひとつ。上記のとも関連はあるけど、他になんていうか隠しネタが大量にばら撒かれていると思ったんですよ。
これまた1巻にあったんですが、物語のキーとなる左翼を率いている優男が音楽室でピアノを弾いている。
「この曲なんですか?」「サティスファクションさ」ってシーン。そのあとローリングストーンズの同曲がこのころ発売されたけどあまり人気がでなかったって記述があるけど、それよりも、おれは手塚治虫氏の「火の鳥」を連想したんだよな。未来のほうの物語で音楽室で電子エレクトーンを駆使してサティスファクションを演奏しているシーンで同じやり取りがあった。
なるほど、そういう遊びが随所にあるんかなと思ったりした。
主人公が所属している学生寮の仲間はバイトくんとかどくだみ荘に出てきたモテないやつらだしな。
たぶん、これまでもあったんだろう、こういう作者がほくそ笑んでるような小ネタもいつもにまして多いような気がする。
それでいてこれらの要素がすべて物語の邪魔をいっさいしていない。
なにもわからない読者にとっても、運命に翻弄されるふたりと昭和学生運動時代の大学を舞台とした血湧き肉躍るアクションマンガとしても十二分に堪能できるようになっている。エンタメっすよ。エンタメ。細野不二彦氏はいつだって純度の高い娯楽を提供しようとされている。おれは本当に尊敬してます。
ただ、細野氏の弱点というか、細野氏が「現代」を描こうとするとどうにもズレが生じるんだよね。そこが歯がゆい。前作の「バディドッグ」だと主人公の女子高生の娘が稀勢の里のファンからくる大相撲ファンとか。いや、そういうひといるかもしれんけどさ、なんかちがわね?って。この感覚はかなり大昔からあるので、細野氏の作風芸風とは思ってわかってるけど、なんかファンゆえにそこのところに「一見さん読者にダサって思われないか」とか無意味に気をもむのよね。
だから、細野氏の時代物は時事ネタがないから安心して読むことができるんだよな。失礼な話でもうしわけないのですが。
同じ理由で上記の異世界モノもいいのかなと思ったのですよ。でも、昭和を描くのが1番無駄がないよなと。
本作のアクションや主人公美智子さん(すごくかわいい)他の筆がノリにノっておられ、細野不二彦氏はキャリアの何回めの頂点におられるのかわからんくらい充実した読み応え満点の内容。極上の純エンタメが堪能できる。
話はいよいよと佳境に入ろうとしているのだけど、今のところ5巻で一部完になっているのが悩ましい。早く続きが読みたい。